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拳銃女王 act8 アトミックシティ 後編① - bebe

2015/04/29 (Wed) 07:13:27

 目的の金沢区役所周辺は阿鼻叫喚の様相となっていた。
 妖狐や警察ばかりでなく、一般人の遺体も辺りには散乱している。
 辿り着いた区役所の裏側には職員用の出入り口があった。そこに、人々の屍が殺到するかのように積み重なっていた。近くに爆発でえぐられたクレーターがあった。その衝撃と破片で亡くなったのか。
「家がない浮浪者たちですね。女や子供、老人まで……避難しようとしたんでしょうか。運が悪い……」
 
 妖狐隊員のひとりが、誰もいない区役所裏で手を合わせ、法華経(ほけきょう)を説いて菩提をとむらった。
 死すれば、どのような生き物でも仏になる。死者まで鞭を打って恨んだりしない。
「悪いが、どかせてもらうぜ。俺たちは原爆を止めなければならない。お前たちの家族の誰かをも助けなくちゃならないんだ。許せ、恨むなら俺たちを恨め」
 二空輪は指示し、隊員たちは手分けして御仏を裏口から離していく。
 
 小学校高学年ぐらいの男の子の仏の足を手にした隊員が、いきなり泣き始めた。
「ひどすぎる、あんまりだ」
 狐面を外し、涙に手を当てた。
 つられて、二名ばかりもらい泣きをしてしまう。男の子の仏は、腰が捻じれてはらわたが脱出し、前頭部がぱっくりと割れ、傷から脳漿がこぼれていた。一番の宝物だったのか、テレビ放送が全盛期の頃、小学生の間で大流行した妖怪ウオッチの玩具を傷だらけとなった手に巻きつけていた。

 若い隊員たちは堪え切れずに、二空輪に詰め寄った。泣き始めた隊員は、雨に濡れたその男の子を抱えて目の前に突きだしてきた。
「この子が一体、何をしたというのですか。官憲ならためらわずに殺せる。俺は官を六人殺した。子供や女性には手を出していないのに。俺は手を出していない、なのに何故この子は死んでいるのですか? おかしいでしょう!!」
「そうだ。あの弾跡は我々のものだ。我々が殺した」
「これじゃ、ただの殺人者だ。いや、とっくにそうだったのだ」
 
 若さゆえに、罪なき者の死には多感であった。
 雨子はどうだろうか。
 二空輪は、沈黙したまま仏を見つめる雨子に、彼女もそういう気持ちをしているのだなと切に感じた。
“すぐに慣れる”“これが戦争だ”“これぐらいで泣いてどうする!”
 
 様々なさとし文句が浮かんでは、しかしこれでは納得しないなと、二空輪は与えるべき言葉に迷った。
「どうなんですか!?」
 男の子の仏は、妖狐隊員に揺さぶられ、塊となった内容物が傷口からこぼれる。
 二空輪は黙ってうつむいてしまう。強い気持ちを持ってもらいたい。

 そういう主旨を伝えたかったのだが、うまく言葉で伝えることができない。
「へっ、貧乏人が犬死してやがる……」
 その時、沈黙を破るように雨子がとんでもないことを呟いた。
 神経を逆撫でするような言葉に、泣いていた隊員たちが勢いよく振り返る。
 
「あんた、今何て言ったんだ。もう一度言ってみろ」
「何回でも言うさ。馬鹿どもが犬死してやがる!!」
“こんぐらい避けろよ”とまでいらない台詞まで言う始末である。
 それまで泣いていた隊員は、激昂した。
 
「はあ!?」
「あんたは何も感じないのか、子供の痛ましい姿を、こんな肉塊になって」
「何も感じないし、何とも思わない」
 雨子は死者への冒涜とも取れる態度で彼らを挑発する。
 
「金の亡者め。お前は女だが女ではない。フィーンドですら死者を埋葬する。あんたにはとてもそんなことをする余裕はないんだな。金の計算に忙しくてな!」
「無理だね、そんなことはしないね。小ぶりに刻んで畑に撒くぐらいはしてやるかな」
「野郎ッ」
「どういうつもりでほざいてるか、鬼畜め。貴様は鬼か」
 
 隊員は男の子を下ろし、腰にたばさんでいた脇差を抜いて雨子に向けた。
 拳銃、短刀がそれぞれの隊員の手に挟まれ、雨子に敵意ごと向けられる。
 澄ました顔で雨子は対峙した。
「甘えたこと言ってんじゃない、てめえら……」
 
 重要な任務中だ。二空輪はそろそろ止めようとした矢先、雨子は静かに語り出した。
「一般人を犠牲にするなって、どれだけ口酸っぱく言われたって、戦争ではどうしてもこういうような偶発的な事故は起きるんだと思う。こういう現実を直視するのが嫌だったら、その道具で私を殺せよ。そうしてさっさと帰ればいいさ。戦いなんてやめてね。でも、それは現実から眼を背ける行為だ。何で子供が死んでいくのが耐えられない? じゃあラジオでもテレビでも、媒体を通じて憐れんでやればいい。ほんの数年前まで私たち日本人がそうしてたことさ。A国で人が沢山死んだニュースが流れた? “ふーん、大変だね。かわいそうだね。でも日本は平和だから私たちには関係ないや”戦争とか災害で困っている外国に、コンビニにある赤十字の募金の呼びかけにいくら入れた? 入れたことのない奴らが多いんだ。確かにかわいそうだよ。女、子供、老人、この人たちにこの戦いは関係ない。無関係だから死ぬんだ。巻き添えになるんだ。わざと殺したんじゃない。そう、或いは殺されたという言い方を平和主義者ぶってる奴は言うかもしれない。じゃあ、そう言っている奴はこういう戦いに身を置いたことがあるのか? ないと思う。かわいそうだと思うなら、酔っ払いに絡まれている人を電車内で助けようとも思うんじゃないか。実際にそういう場面にそいつが出会ったら、たぶん助けられないぜ。さっきのように“ふーん、大変そうだね。でも私には関係ないから”って素通りするよきっと。そうする。うわべだけなんだよ、いい子になろうとしているだけなんだ。お前たちのその意見は安全圏にいる限り、実際の危機には何もしようとしない傍観者の言い訳だ!」
 
 貧乏人が死んでいやがる。
 犬死。
 それは、現場を生で見て感じ、リアルな人間の意見として雨子はそう言ったのだ。
 戦争は悲惨だ、繰り返してはならない。それはある意味現場を味わった者の意見ではなく、テレビの中継を通じて感想を述べる、偉いんだと勘違いしている評論家の先生方の立派なご意見であった。
 
「敵は殺ろう。向こうも遠慮は無いから、こっちも遠慮する必要なんかない。でも一般人は極力守ってあげよう。埋葬は後でも出来る。私たちに出来るのは、さっさとこの戦いに終止符を打ってやることさ。やれるんだ。やれんだろ? 一番、終わらせるのに近い場所にいるんだよ、私たちはね。現実を、見ろ。そこにいて亡くなった人たちが現実だ―」
 泣いていた妖狐隊員たちは、改まって仏を直視した。
 物言わない遺体は、何か訴えかけているような気がした。
「何か、感じるか?」
 
 二空輪が隊員たちの背中に手を当てた。
 言いたかったことは全部雨子に言われてしまったので、彼らの気持ちを察してやるだけだ。
 だが、
「ええ、俺に言ってきています」
 男の子を抱き最初に二空輪に突っかかった、睦(むつみ)という妖狐隊員が絞り出すように言った。
 
「『早く終わりにしてくれ』と」
「じゃあ、早く仕事にかかろうぜ」
 雨子はそう言うと残ったドアを塞ぐ御仏をどかしにかかった。
 ほいごめんよ、はい失礼っと、ほい、はい、ほい……
 
 淡々と、軽い動きで仏を掴んでは余所へ運ぶ雨子だが、睦には、彼女は見えない鎖を引きずっているようにもとれた。
 誰も、何も言わなかった。
 ただ雨子への敬いが大きくなったことは確かだった。
―早く終わらせよう。戦いはまだ続くが、少なくともこの日が終わる頃には、日本政府はかなりの打撃を被っての敗北となるに違いない。また直ぐに、戦端が開かれることはないはず。
 
 その間だけは平和だ。こうした人々が死ぬことはない。
 仏は綺麗に横一列に整列させた。後で埋葬するため、今やってあげられるのは簡単であるが顔を拭いてあげて。
「さぁ、気を取り直すぞ」
 区役所裏口のドアに立つ二空輪は、隊員たちにカツを入れるかのように声を上げた。
 雨子と睦は隣あった。もうわだかまりは消えている。戦いの意義を再確認し、現実に目を背けない、真っ直ぐな目をふたりだけではなく、皆がしていた。
 
 原爆を阻止する。失敗すれば、ここにいる十四名、もろとも死ぬこととなる。
「ここにある核を止められるのは、俺たちだけなんですね」
「そうさ、怖い?」
「怖くないです。だって、俺たちだけなんでしょう? 止められるのは」
 

 泣いた際、外した狐面は付けずに、睦は素顔を出している。
 瞳の色に綺麗な輝きがある好青年といった風な、いい男の素顔であった。
「行くぞっ。分隊、我に続けぇぇい」
 二空輪が号令を出すと、ドアを開け、まず先陣を切った。

 雨子、睦、隊員たちが後から区役所内へと入っていった。
 市街地からの戦闘の、ときの声はより激しさを増してきたようだった。

拳銃女王 act8 アトミックシティ 後編② - bebe

2015/04/29 (Wed) 07:19:54

 
 職員用の連絡口から更衣室を抜けて、一隊は事務処に入った。
 起動したままのパソコンやプリンターは放置され、書類は散乱している。
 こんな時まで真面目に仕事をしていて、直前で慌てて逃げ出したような光景だ。
 ロビーの隅々まで探索するが、人の気配はしない。
 
 国民の税金で生活している公務員の仕事場はさすがにきちんとしている。
 散らかっているが、普段清掃はしっかりやっていたようだった。
 観葉植物は、しっかりした根から真っ直ぐに青々と葉を茂らせていた。
 もうそれを世話する人間はここにはいないが。
 
「誰もいねえ」
「気をつけるんだ。上か下にいるかもしれない」
 原爆は地下二階の資料保管庫にあると秋山は証言してくれた。
 二空輪隊の隊員には幸い、爆発物処理に関する知識を持つ隊員がいたため、二空輪、雨子、睦、それからその隊員の計四名、残りは上の階にいるかもしれぬ敵を掃討させるため、ここでふた手に分かれることにした。
 
「宜しくお願いします」
 上と地下へと続く階段のところでそれぞれ別行動となった。
 二空輪たちは、まず地下一階へと降りた。
 備品庫、トイレ、会議室、職員の休憩室がある。
 
 会議室には官が集まっていたのだろうか、制服の上着がかけられた椅子があり、外された装備品がテーブルの上にある。
 睦は自衛隊員のヘルメットを手に取って、自ら頭に被ってみせた。
「戦利品にでもしますか」
「ヘルメットはあまり高く売れそうにないね。やっぱりこっちの制服かな、私は」
 
 雨子も片手で警察の青い制服をつまみあげる。
「そういうのは後回しだ」
 二空輪が咎めると、睦だけヘルメットを返さず、被ったまま再び任務へ戻った。
 いよいよ二階だ。
 
 スイッチを―どういう形式かは不明だが―作動させられれば、どかんである。
 ここにいる全ての物質は蒸発して溶けてしまうのだ。
 有機物も、無機物も、全てのものを破壊する。
 政府はそうまでしてメンツを保ちたいのだろうか?
 
 関西から九州方面にかけてのマスターズ・アーミー・フィーンドとの戦局は絶望的であるらしいというのに。
 どうしようもなくなるほど、悪あがきをする。
 ただただ自分たちの首を絞めているだけという事実を認識せずに。
 二空輪たちはそういう風な戸惑いを覚えながら、階段を降りてゆく。
 
 段の端に、ビニール紐でくくられた書籍が山積みになっている。空の本棚も転がっていた。これはいよいよ目的に近づいているという証拠であった。
 ごくっ……
 爆弾処理担当の隊員、柳高(りゅうこう)が息を呑み込んだ。
 金属製のドアの上部に『資料保管庫』と書かれたプレートがあった。
 
 いよいよである。
 しかし、まだ半信半疑でもある。嘘であってほしい。
 雨子、二空輪が見守る中、睦がドアノブに手をかけ促すような目線を送る。
 二空輪が頷いた。
 
 睦はゆっくりとノブを回し、開いた。
 十畳ほどのスペースの広さの室内は蛍光灯がところどころ途切れ、全体的に薄暗い。窓が無いせいか、コンクリートの床と木製の壁からはひんやりとした冷気が流れてくる。
 物が寄せられ空っぽの室内唯一の“それ”はあった。
 原爆と言うからには、広島への原爆投下を描いた有名な漫画に出てくるあのでっぷりとした巨大な爆弾を想像していたのだが、それは黒い球体をしていた。
 
 球体は金属であったが、所々違う素材が使われているらしく、色が違っていたり材質が異なったものをツギハギに足していったような、まるで子供の工作のような爆弾であった。
 しかし中身にはプルトニウムが詰まり、何らかの拍子で核分裂反応を起こし、凶暴な威力をむき出しのままに成せる、紛れもない人類史上最大の殺人兵器なのである。球体の適当なツギハギが、無邪気なままの子供がそうとして分からないような、無垢と残虐性を併せ持ったかのような不気味さをかもし出していた。
 雨子たち三名がゆっくりと中に入る。柳高は廊下で待機している。薄暗く、室内全体が見通せない。
 それは、案の定の出来事であった。
 
 闇からオレンジ色の発光が二回、ぱっぱっ、と放たれたかと思うと、雨子は右手に無数の雨粒が叩いたかのような衝撃を受けたのだ。
 二空輪はその衝撃を左の肩で受けた。
 睦は喉から、胸全体にかけて受けていた。
「グウ!」
 
 二空輪と睦が倒れる。雨子は咄嗟に柳高がいる廊下の方までバックダッシュして逃れていた。ドアを盾にする。
「敵だっ!」
 柳高が関を切ると、室内に突入しかける。だが雨子が鋭く叫んだ。
「馬鹿! お前は行くな。お前が死んだら誰が爆弾を解除するのよ!?」
 
「し、しかし……」
 柳高は雨子に戒められ、たたらを踏みかけた態勢で、それでもやはり二の足を出しかねない。
 撃たれた二空輪は仰向けになり右側臥位(みぎそくがい)になりつつ身をよじらせている。睦はぴくりとも動かない。雨子は睦が喉と胸に被弾するところを見た。人間でいうところの急所だ。人型を取る妖狐は、大体内部構造も似ているらしいから、早く隊付きの医者に見せる必要がある。
 発光があった場所から人の声がする。
 
 ひひひひひひ……カツン、カツン、カツン、
 と、闇からひとりの男のシルエットが、点滅する蛍光灯の下であらわになった。
 背広を着た、四十代後半ぐらいの、頭の禿げ上がった中年の男であった。
 目やにが溜まり、髭は何日も剃っていないのか伸びて粗野な印象がある。禿げた頭は油でてかてかに光っていて、背広には埃や砂で汚れた箇所がいくつも目立ち、かなり不潔であった。
 
 男の身体の前には、弾帯が巻きつけられていた。赤いシェルショット―ショットガン用の弾薬が一発ずつ収められている。
 手には、ストックと重心を切り詰めた猟銃があった。水平二連式の民間用ショットガンだった。
「ようこそ金沢へ、狐ども」
 男はにやにやしながら、動いている二空輪には目をくれず、雨子のいるドアの方向に向けて言ったようだった。
 
 中折れ式の水平二連ショットガンを折り、弾を排出して弾帯から取ったシェルショットを二発詰め替える。
「……金沢区は横浜市の工業の中核を担う金沢工業団地を有し、観光資源として金沢自然動物公園、野島公園、そして八景島シーパラダイス等、有名な観光名所がもりだくさん。大人から子供まで楽しめる、横浜市が日本中に誇る素晴らしい場所なのです」
 背広の男はいきなり観光案内のPRともとれるべきことを言い出した。
 原爆の傍にいた、ただひとりの男。もしかしたら、こいつはこの原爆を作動させる役割を担っていたのではないかと雨子は考えた。
 
「……だがそれも、市長から私に区長の解任命令と避難命令が出るまでだ。お前たちが来るまでだ。私は生涯を賭けてこの区域の発展に力を注いできたと言うのに、上役の馬鹿どもと貴様ら妖怪変化どもが全てをぶち壊した」
 雨子はそう言う男をドアの陰から少しだけ覗く。汚れた身なりをしているこの男は、どうやらここ金沢区を監督する金沢区長らしかった。
 区長は震えていた。怒りと絶望に精神を病み、おかしくなった男の哀れな末路を晒していた。
「そして、この原子爆弾で、全てを無に帰すのだ」
 
 区長は狂いながら笑い出し、強くショットガンの銃身で原爆を叩いた。
 人生の全てを奪い取られ、奈落の淵へ落ちていった区長は最後に起死回生と言わんばかりに、自らの命を賭して原爆作動の役目を引き受けたのである。果たして、そんなことをして死ぬ区長の来世にもう一度人間としての人生が与えられるのだろうか? 汚物を食べて生きるハエか糞を転がすフンコロガシぐらいになるのが関の山だろう。
「お前たちは私の近くで道連れだ……おや? 貴様は人間か、女か?」
 
 区長はドアの陰からちらりと覗いていた、妖狐ではない人間の女、雨子の匂いをかぎ取ろうと、鼻をわざとらしく鳴らして鼻穴を大きくした。
 雨子は、さっきの散弾に命中し、壊れたサブマシンガンを捨て、腰にあったリボルバー―二六年式―が入ったホルスターのポッチを外して保管庫に入った。
「馬鹿野郎。おっさん、あんたおかしいんじゃないの?」
「おかしくて結構。私はまあ狂っているんだろ。だが、こいつら―」
 
 区長はコンクリートの上に転がる二空輪と睦をショットガンで指し示す。
「こんなどこから沸いたか分からない、得体の知れない連中よりはマシだろうね」
 ひっひっひっひ
 解任された区長は嫌な笑い方をした。
 
 ショットガンを雨子に向ける。
「服を脱ぐんだお嬢ちゃん。冥土の土産に裸を見せてくれたら、お嬢ちゃんだけここから逃がしてあげよう。脱がなければスイッチを押す」
 区長はズボンのポケットから、銀色の金属製の小さな箱のようなものを取りだした。
 分かりやすい、赤いボタンが付いている。原爆のスイッチだ。
 
「脱げ」
「嫌だ」
 雨子の右手は左側に差さっているリボルバーに伸ばそうと、そろりそろり、這わせるような動きをしている。
「あんたに見せる、安い身体はない」
 
「そうだ。雨子、撃て……!」
 二空輪が肩の傷を抑えながら言った。
 雨子が撃たなければ、区長はスイッチを押す。それには区長を即死させる必要があった。
 雨子の腕ならば―しかし、撃てるだろうか? 優しいこの娘に。
 
 雨子の額に汗が滲んだ。
 大きく、息を吸った。吐く。気合いを入れている。
 また区長が笑う。
「外にいるホームレスどもは目にしたかね? あれは私が殺したのだよ。税金も払わない、不法滞在者のくせに、区役所の地下に避難させてくれと。だから、窓からいきなりハッパ(ダイナマイト)を投げ込んだら、やつら、目を丸くしてびっくりしながら爆死した!」
 
 あれはS・S・Cの仕業ではなかった。あの爆発した痕跡はダイナマイトによるものだったのだ。この区長が投げたものだ。
 区長は避難させてくれと頼み込む浮浪者たちを市民でないからという理由だけで殺したということになる。
 くう!
 雨子の目に精彩さが増した。
 
 命をないがしろにするかのような発言を普段からしている雨子である。
 こういう奴がいるから。
 こういう奴らのせいで私は悪道を歩まざるえなかったのだ。
 それは責任転嫁だろうか?
 
 悪いことをすれば自己責任、犯罪者は無条件で悪いのだと非難する現代日本において、やはり、雨子は言い逃れをしているのだろうか。
 そうかもしれない。
 ただし―
 
 睦が泣きながら抱えた、あの子供を殺したことに対する怒りは本物であった。
 将来は捨てた。雨子はいずれ犬死にしても構わなかった。もう二三歳の大人だ。泣き言は言わない。その代わり、社会保障や犯罪者の人権を保障しろと、一般人が言う権利も主張しない。
 だが知らない他人の人生までを奪ってまで、かどうかは全く別問題だ。
 強盗をして、金を盗る。ちょっと贅沢ができて、生活ができればそれでいい。それ以上は望まない。必要ないからだ。
 
 美幸はどうか? あの子がどうして妖狐隊員たちに官憲に情けをかけるな、皆殺しにしろという命令を出しているかは、私はよく理解しているつもりだ。
―彼女の恋人は、不当に警察に殺されてしまった、その恨みからだ。それを話すのはまた別の機会である。
 今は、今はこの男が許せない。
 あの子供が良い子にしろ、或いは悪かった子にしろ、あの子にも、こんな世の中でも夢があったはず。
 スポーツ選手、タレント、堅実にサラリーマン、レーサー、医者、夢はいくらでも膨らませられる。
 
 夢を見、輝いて美しい宝石のような期間は、幼少から大人になるまでの間だけだ。
―私にも、夢があったっけ。
 どんな夢だったか。とうに忘れてしまった。
 そんな大人でも、自分より年下の死は辛かった。
 
 区長はひひひ、ふふふ、と嘲笑を絶やさない。
 ああ―私の夢は、そう。
 こんな大人を見過ぎたせいで、忘れちまった。
 私は極悪だろう。唯一無二の悪い女。非難されるに等しい。だがこいつは卑怯悪だ。弱い者に強く、強い者に弱い。弱者を陥れ、強者に媚を売る。こんな大人を、討ちたかったんだ。ただ、討てるだろうか……人を殺したことのない私に―
 
「殺れ……殺ってくれ、く、なしり、さ、ん……」
 その時、喉と胸に散弾を受け、瀕死であった睦から絞り出るような声があがった。
「あ、貴女、しか、討てない。討て、そして撃って……なか、まを……」
―救ってくれ。

 睦は上がりかけた首を、がくんと床に落とす。
「うるせえ、しぶとい怪物だあ。先にこっちから止めを刺すかな?」
 区長のショットガンが、睦と二空輪に空気を挟んで突き付けられた。
 サブマシンガンと共に、弾が命中して負傷しているはずの雨子の右手が、波しぶきのごとく白く弾けた。
 
 リボルバーが火を吹いた。
 一発、
 続けざまに、二発、三発、四発、
 油断していた区長は四発の弾を、その禿げ頭でまともに受けていた。
 
 四つの穴が区長の額に空き、頭部の後ろに突き抜けた。
 脳幹を撃ち抜かれた区長は即死であった。
 倒れ込んだ先は、蛍光灯が照らさない、あの世の地獄へと続くような闇のなかであった。
……ふぅ、はあ、ふぅ、ふ、
 
 雨子は生まれて初めて人を殺したのである。今まで、足や致命傷にならない胴体を相手に撃ちこんだことはあった。
 頭を―殺すことを前提に撃ったのはこれが最初である。
 やった、という思いがある。ついに、というように、後悔にも似た念も渦巻いている。
 原爆阻止という正道のために撃ったのだ。
 
 それに、区長もS・S・Cに劣らない非道を働いた人物である。
 全ての悪に裁きが下ると言うなら、雨子にも後々必ず降りかかるであろうが、それは大分先のことになるだろう。
「やった、やったぞ。おい……!」
 二空輪が叫んだ。柳高が入ってくる。直ちに、射殺された区長から原爆のスイッチを回収し、裏側に電池の入るフタがあったのでそれを外し、まずはスイッチを無力化する。
 
 柳高は、しかし直ぐに原爆解体の作業に入ろうとしない。
 気になる視線の先に、睦がいた。
 喉と胸から、既に致死量を超える出血が辺りを濡らしていた。
「む、睦が、睦は大丈夫なんですか?」
 
「慌てるな、俺たちが介抱する。お前は爆弾を解除するんだ、早く」
 二空輪の声により、自分の役割を思い出した柳高は気にしつつも、球体を調べ始めた。表面を軽く叩いていく。信管が埋め込まれている場所を探っているのだ。そして目星をつけた場所へ、柳高は普段から所持している携帯工具で金属を慎重に剥がしだした。
「睦、しっかりするんだ。おい」
「睦……」
 
 二空輪と雨子は睦の側で、彼に呼び掛けた。
 さっきまで意識はあったのだが、流れる血はもう遅くなっていた。
 睦は、もう手遅れなのである。
「睦、睦!?」
 
 さらに、呼びかけた。
 すると、睦は目をうっすらと開けたのである。
 ヘルメットからこぼれる髪が小刻みに揺れた。
「あ…………ば、ば、ば、くだ……ん……」
 
 睦は原爆爆破阻止という自分の任務のことを気にかけていた。彼が発する、途切れそうな言葉の端に、そういう思いがうかがえる。
「今、解除にかかっているところだ。安心しろ。作動スイッチも取り上げた。他にスイッチを持っているやつがいたとしても―」
 二空輪は作業をしている柳高を振り返る。柳高の解体作業は早くも信管を探り当てたようである。電気コードやその他の金属部品がもうかなり大量に床に捨てられているところを見れば、作業はすぐにでも終わりそうだ。
「あめ、あめ、こさん……み、み、み、み、みぎ、みぎの、て……?」
 
 睦は撃たれる瞬間、雨子の手が被弾したのを見逃さなかったようだ。
 見上げる睦へ、雨子は右手をかざしてやる。
 その部分、皮膚が剥がれ、薄く出血しているが、皮膚の下にあったのは銀色をした機械であった。薄目の睦にはそう映る。
「昔、大怪我をして右手を切断したんだ…それから、自在に動ける義肢に付け替えたんだよ」
 
 雨子はつとめて優しく語った。
 睦は、もう何も言えなかった。
 雨子の言葉の最後に、低く呻いた。
 何かを伝えようとしているのだ。
 
 それを聞こうと、雨子と二空輪は諦めずに、呼びかける。
「睦」
「睦!」
 しかし、もう呻く声さえしなかった。出血も完全に途絶えた。呼吸も。
 
 己の任務を果たし、その責務を終えた彼は今日死んだS・S・C隊員たちと共に黄泉路へと旅立ったのである。
 ……本当は争いごとの嫌いな、心優しい若狐であった。
 彼の両親は野生の狐時代、人間たちによる宅地開発により住処を追われ、他所の土地で病気にかかり亡くなったのである。
 それでも、S・S・Cに参加後も日ごろから人間との争いに心を痛めるような言葉を二空輪は耳にしていたのである。
 
 混乱が収束すれば、彼は人間と妖狐との掛け橋、平和への一歩として親善大使を務めるのが夢だと、いつか語ってくれたことがあった。
 その睦は、もう現世に拠り所を失くした。
 しかしその魂は、次に輪廻する時、彼の望んだ形となって再び生きて帰ってきてくれるだろう。
 
 二空輪、それから、付き合いは浅いが彼と深い信頼を築けた雨子はそう願って―
 井上睦(いのうえむつみ)享年二六歳。
「さようなら、睦。ゆっくり、休めよ……」
 二空輪は開いたまま逝った睦の目を、そっと撫でて閉じてやった。
 
「よし、これでもう大丈夫だ!」
 原爆を解体していた柳高が、集中しすぎて裏返った声を辺りに轟かせた。原爆の解除に成功したのである。
「二空輪さん、雨子さん、睦、信管は取り外した、もう百パーセント安全で……あれ、睦は? あ……睦?」
 今まで作業に集中していたため、睦の死に柳高は呆気に取られたかのようだった。

 作業で汚れた手のまま、睦の下に駆け寄る。彼が息をしていないのを認め、柳高はコンクリートに膝を突いた。
「そんな、そんな、こんなことって、こんな……爆弾は解除したのに。何で」
「柳高、睦は使命を果たしたんだ。死んだやつは生き返らない」
「嘘だ! 頼むから、二空輪さん、嘘だと言ってくれ。頼むから、ねえ頼みますよ!?」
 
 うわあ、と柳高はその場に伏し、号泣した。
 二空輪は俯いたまま沈黙した。
 雨子はのろりと立ち上がると、柳高の泣き声が響く資料保管庫からのろのろと力なく廊下へと出る。
 数歩、歩いたところで壁に当たり、尻もちを突くような形で座り込んだ。
 
 胸が、痛かった。
 悪いのはどっちなんだ?
 人間か、人外か。
 この世に知的生命体を生みだし争わせる、一体何者がこういうことを引き起こしているのか?
 
 分かるなら、そいつを殺したかった。
 手の届くところにいるなら、絞め殺してやるのに。
 それが出来ない。もどかしかった。そのせいで、睦は、自分と同世代の若者は……
 雨子が座り込み、顔がある場所に位置する床に、熱い水滴が落ちた。
 
 それは、人体の涙腺という箇所から出るもので、悔しかったり、悲しんだりした時に自然と出る暖かな水である。
 ぽつ、ぽつ、とそれは雨子の目からあふれ出ては静かに落ちた。
 わあわあという柳高の泣く声が暗い地下室を響かせていた。
 
 

拳銃女王 act8 アトミックシティ 後編③ - bebe

2015/04/29 (Wed) 07:30:12

 上の階を調べに行った隊員と合流して外に出る。
 彼らの捜索は無駄に終わったが、こちらの成果を報告するとほっと胸を撫で下ろした。
 それもつかの間であった。
 二空輪が睦の仏を抱えて出ると、喜びからその尊い犠牲に惜しみない哀悼の意を表したのである。
 
 市街地での戦闘は終わりに近いようだ。
 銃声はここよりずっと遠くから短く聞こえる。官はS・S・Cに追い詰められ、本格的に撤退し始めていた。それを追っての追撃戦だ。戦いは間もなく終了する。
 雨子は腫れぼたい目で街の反対側を向いた。
 夕陽に当たり燃えるようにして、海面から反射した光が空を優しい茜色に染め上げているようだった。
 
 雨は上がり、雲はひとつとしてない。
 今日散っていった者たちの数に天は合わせているのだろうか。
 美しい世界のために、犠牲が必要であるよとの皮肉なのかもしれなかった。
「雨子よ」
 
 二空輪が背後から声をかけた。
 睦の仏は地に下ろされ、生き残った隊員たちの手により、すすを払い、持ち合わせの道具で首化粧を施されようとしている。
 二空輪は睦の脇差を手にしていた。雨子が挑発した際、睦から雨子へと向けられた脇差である。
「これ、貰ってやっちゃくれまいか? 拳銃使いのお前には釣り合わねえ品物だがな。あいつの形見だよ」
 
 二空輪がその脇差を差し出した。
 藤巻拵え(※植物の藤で作られたもの)の質実剛健とした脇差であった。
 訊けば、睦が最初に手にした武器のひとつであるという。
 平和を願い争いを嫌う彼は、一体どのような思いでこの脇差を手にし、何を願い振るおうと決意したのだろうか。
 
 その問いに答える彼は、もういないが―
 雨子は脇差を受け取り、腰のベルトに差した。
「貰うよ。だって……」
―睦のだもの。
 
 腰に差した脇差は、すんなりと馴染んだ。
 柄を取り、抜いた。
 良い鋼を使っており、斬れ味の良さそうな刀身は陽の光できらりと輝いている。
―ご正道のために使って下さい。

―どうか悪を滅ぼして下さい。
 そう言う睦の声が頭の中に響いてくる。
 それは―
 それは無理な相談だ。雨子も悪だからだ。悪いやつは、もう悪道からは抜け出せない。
 
 死ぬ時は悪の手にかかり、そして死ぬのであろう。
 一度踏み出した道は、昨日には戻れないのだ。
 しかし、悪を滅ぼすために、巨悪に成ることなら―
 それは、とことんまで人としてのモラルを落とす人生である。
 
 なら、未だ誰も目にしたことのないどん底の境地まで落ちて、悪を専門に食う巨悪になってみようと雨子は決意する。
「私、二空輪さん」
 脇差をかざし、雨子は二空輪に語りかけた。
「でっかいワルになってみようかなって、今そう決めたんだけど、睦、許しちゃくれるかな?」
 
「おお、善さえ手にかけなければ、睦も納得してくれるぜ」
「じゃあ、それならいいよね?」
 最後の言葉は二空輪に言ったようではなかった。
 あの茜色の道に続く先の、あの世への旅に出た睦に対して言った言葉だ。
 
「性格悪くて、ごめんね……」
 遠くどこかで、カラスが鳴く。
 海からの風が一陣、びゅうっとふいた。
 睦が答えたかのような潮風が、雨子の赤毛を強くさらっていった。
 
 
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 お久しぶりです。bebeです。
 居ても立ってもいられない中での投稿となりました。
 何故かと言うと、実は今勤めている職場でまた、また、の不祥事を今度は「起こして」しまい……
 もうヤケになってしまいそうだ。
 どうすればいいか分からない。昨日の夜もあまり眠れませんでしたが、今朝になって不意にこの『拳銃女王』のストック分が残っていることに気が付き、大急ぎでキーを打ち、完成させることができました。

 ほとほと私は不器用なようです。どうしようもないぐらい性格が曲がっているようです。
 いよいよかどうかは分かりませんが、たぶん、これがどん尻なんでしょう、八方塞がりという状況だと思います。そんな時でもこの話のことが浮かぶのですから、案外能天気なのでしょうか(笑

 確かに以前や前々に比べれば図太い考え方をするようになりましたがね。
もう、正業では無理なのでしょう。ヒトとの付き合い方があまりにも下手すぎる。責任の取り方があまりにも稚拙すぎる……
先のことは誰にも分かりません。もしかしたら宝くじにでも当選して一発逆転! なんて結果があるのかもしれませんしね(笑)
そういうことになれば、もしかしたら『act9』をこつこつ書けるようになれるかもしれません。

ではまた次回☆

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