いけやんの小説投稿掲示板です(>ω<)

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拳銃女王 act3 私はお前、お前は私① - bebe

2013/06/21 (Fri) 09:07:06

 
 
 雨子はリビングにあるソファに寝転び、テレビが流すいつもの下らないニュースを視聴している。
 ガラステーブルに、ハイボールの空き缶がいくつか転がっている。
 持ち家は借アパートと違っていいものだ。テレビの明かりを気にしなくていいし、何しろ防音なので、いくらうるさくても全く聞かせず・聞こえずに済むからだ。
 ヘルメスは、あの後引きこもった部屋の前に、作った食事を置いといてあげた。何しろ食べ盛りだろうから、たっぷりの量を皿に盛ってやった。ヘルメスはラテン系なのでメニューはスペイン風オムレツにピンチョ・モルノと呼ばれる、これまたスペイン式の串焼きである。
 
 一時間後に様子を見ると、皿は空になっていた。添え書きのメモに『故郷の味には遠いけど、美味しかった』とあった。
 素直じゃないが、全部食べてくれるところは可愛らしい。
 雨子は笑いをこぼしていたが、直ぐに当面の間だけ、当面だけと繰り返し皿を回収した。
 部屋から寝息がしていたので、お腹がいっぱいで寝てしまったのだろう。
 
 残った串焼きをつまみに、ひとり晩酌をする。
 SSCにヘルメスのインゴットについては、密告をすつるもりはない。
 やっぱり麻衣の学費やローンを捻出しなければならないので、少し抜かせてもらい、後でこっそり返せばいい。
 ヘルメスは自分がしっかり手綱を引く。
 
 人間に化けて―最初から人間だったのだ、インターナショナルスクールにでも通わせれば、あの歳であの処世術があるので、すぐに友達だって作れる。
(ひとりぐらい、ワルが少しまともになったっていいじゃん。フィーンドにした“何か”さん)
 明日のことは明日に、そろそろ寝ようかと電気を消し、テレビの電源を切った。
 不意に、雨子の赤毛が逆立った。
 
 背筋を氷水が走り、冷たくなる。
 殺気がする。強烈な殺気である。
 信じられないだろうが埼玉の学園都市で、美幸と安部将太という男を助けて、魔法使いたちを相手に戦った時もそうだった。新宿時代にサキュバスの女を相手にした時も、こういう反応があった。
 一番の殺気は(今思えば)初めてフィーンドと対峙した時である。電車内で、ひと泡吹かせられた。
 
 リビングのドア越しから、玄関の鍵が開いてゆく。
 ピッキングではない、キーで開かれる軋みだ。
 合鍵は管理人室に保管しているはずである。
 管理人さんは泥棒をする人じゃない。
 
 それ以外の何者かが、どういう訳か鍵を手に入れ、室内に侵入しようとしているのだ。
 暗がりの中、雨子は手探りで銃を探し当てた。弾は、入っている。鍵が開かれ、中に入ってくる気配。
 何者かが素足で廊下を歩く。
 ヘルメスの寝てる部屋は通り過ぎた。
 
 ソファはリビングのドアを開けた位置から、斜め右に置かれている。
 うずくまるように雨子はソファに隠れた。
 闇の中の息遣いは空気こそかすかに震わせているが、互いに聞こえる音量ではない。
 ついに近くまできた。ドア越しに撃つか? いや、開けた瞬間に―
 
 ドアが、ゆっくりと、開いた。途中で、バンと強く開く。
 
 タアンッ
 ズゴオ!
 
 雨子の銃声と侵入者の銃声が重なり響いた。後者の銃声の方が重い。弾はそれぞれ壁、床にめり込んだ。
 ほんの一瞬であった。銃声の一瞬、銃口からの火花が闇を裂き、相手のシルエットを明白にさらした。
(狐面、和服、SSCの!?)
 美幸が送った刺客なのか。
 
 ズンッ!
 ズンッ!
 
 銃声が内蔵を震わせる。闇が拓かれるのは一瞬なのでどういう銃を使ってるのか分からないが、雨子はマグナム系の銃とみた。
 リビング・ダイニングキッチンから、右側の和室へ跳んだ。
 暗い分、マンションの見取りを把握するこちらが有利だ。
 
 六畳間の中心の畳。
 その淵に手が突っ込めるように、指五本分のスペースが空洞となっている。
 畳はそのままアクリル板三枚仕込みの防弾壁となった。
 肩で支えるそこへ一発ぶち込まれる。
 
 骨が砕けそう。
 ぐうと堪えた。
 畳の下地をくり抜いた穴には武器庫があった。暗いが、もちろん何があるか熟知している。
 縦二連発式の散弾銃を雨子は掴んだ。弾丸はドラゴンブレス弾だ。
 
 相手は摺り足を使いながら、こちらに間合いを寄せている。
 そのわずかに立てる音が、雨子に位置を知らせた。
 防弾壁を蹴って、そこへ向けて、引き金を一気に二度引いた。
「ギャ!」
 火の滝が、どでかいリボルバーを構えていた和服に狐面の男を包み込んでいた。
 
「クソアマ、やりやがったな!」
 燃え移った火に身体をうならせながら、男は元来た通路を逃げるように走り去る。
 まるで、落下する彗星のような疾さだ。
 ドラゴンブレスは散弾銃の弾丸で、実包に込められた点火剤を火薬によって点火させ、火そのものを撃ちだす。
 
 その火があまりにも強く、リビング・ダイニングの家具、壁のクロスまでも燃やしていた。このままでは煙探知機が作動し、消防が押し寄せる。雨子はキッチンに走り、シンクの下にあった消火器で火を消していった。
 タンス類等大きめの家具類が燃えたが、警報は鳴らなかった。SSCの男も撃退したし、ひとまずの危機は去ったと安心しかけた矢先、雨子はヘルメスが、いくら何でも騒がなすぎだと思い、それから再び銃を手に、廊下へそっと出た。
 男が逃げて、すぐに玄関の開く音はしなかった……あれだけの火が身体に点いたのだから消さずにはいられないだろう―雨子のやるべきことがその後消火にあったことが、男を忘れさせていた。
 電気をつけ直すと、あのSSCの男が走った痕跡が、服の燃えカスとして点々と残っている。
 
 ヘルメスが寝ている部屋のドアが開きっ放しになっていた。
 焦りは雨子に警戒感をすくい去らし、いてもいられず飛び込んだ。
 洋室の中心に、男が上に着ていた和服が焦げキレとして脱ぎ捨てられている。
 ベッドの枕元に、ヘルメスのアーミーシャツがくしゃくしゃに置かれている。寝る際に暑くなって脱いだのだろうが、肝心のヘルメスがどこにもいない。
 
乱れたシーツの上に、燃えた布地のカスがある。
 ぞくっ……
 ムカデが這いずり回る感覚が首筋を駆け巡る。
 ポケットに収められているスマートフォンが振動した。
 
 慌てて取り出し画面を出すと、非通知着信の表示がある。雨子は出た。電話先から、あの男の声がした。
「さっきは随分熱かったぜ。人間のくせにやるじゃねえか。ひとまず相方のガキは預からせてもらうぜ。返して欲しかったら明日の二一(く)時にこの街の“ドック”までひとりで来い。何でお前を襲ったか、理由は分かるな……?」
 男はひとしきり喋り終えると、すぐに電話を切った。
 雨子は壁にもたれかかると、脱力してずるずるとフローリングに滑り落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 たまたま現場に居合わせた。
 こんな言い訳が通用する相手でもなさそうだから。
 その日会ったばかりなのに、フィーンドを助けるのかと、人は言うかもしれない。
 義理が有るからやる。損するから、死にたくないから―
 
 屁理屈は言わない。
 来いと言われたから、来てやった。
 雨子の愛車の窓越しから拡がるのは、所々壊れたレンガ積みの外壁に囲まれた、巨大なクレーンが刻の過ぎゆくまま、劣化に身を任せた廃墟である。
 浦賀ドック。
 
 かつて国の造船業、とりわけ軍艦の製造に骨身を注いだ兵どもが夢の跡は、今夜も静かに眠りを迎えようとしている。
 もっぱら草木も眠る時刻ともなれば、お国のために喜んで身を捧げた、鋼鉄のいくさ船たちの魂を逆撫でするかのように、戦争を体験していない悪ガキどもが御魂に感謝することなく夜な夜な集う溜まり場と化しているのだが、この日は静かである。
 空気が湿り、街からのともしびも、いくらか心もとない。
 雨子はレザージャケットの襟を上げた。あと数分後には、死ぬかもしれない。死んで元々だろう。
 
 自分からあいつを、ヘルメスを助ようとしているのだから。それに、これは、私の為でもある―悪徳を積む限り背負う“業(ごう)”なのだ。逃げない。逃げるつもりもない。
(彼が使っていたのはトーラスレイジングブル。454スカール弾を使えるリボルバーだよ。ダーティハリーが手にしていたマグナムの倍の威力を撃ち出せる。帰りに君に附いていたあの子はフィーンドなのだね。悪いことは言わない国後さん、相手が悪い……)
 管理人室に監禁されていた管理人の大林(おおばやし)を助けた後、そう助言された。
 フィーンド化した人間を元に戻す根本的な治療法は確立されておらず、政府は世界保健機関(WHO)の制約に則り、フィーンドを各施設に収容する隔離政策を取っている。
 
 あの子の一生は殺意と薬物にまみれたおぞましいものとなるだろう。見捨てるのは忍びないが、生涯苦しむぐらいなら、いっそ早くに楽にしてあげるのも人情だよ……
 大林管理人は遠まわしにそういう思惟を雨子に匂わせた。
(だろうね。けどね、自分でもよく分からないんだ。いや、もう分かってるんだ。あいつを助けなくちゃならないんだ。あいつは、私なんだ。私の分身なんだよ。私自身を助けなきゃならないんだ。あいつを見捨てることは、私自身の存在意義を捨てることになるのさ―)
 自分で、こう生きていくと決めたから。屈辱にまみれたから。二度と人に使われまいと、誓ったからだ。
 
 信念を、生き方を曲げれば、きっと後悔する。後悔しないためにも、ヘルメスを救い出すのだ。私の道を真っ直ぐに行くために―
 
 
 
 

拳銃女王 act3 私はお前、お前は私② - bebe

2013/06/21 (Fri) 09:08:53

現金とインゴットの入ったザックを肩からしょい込み、雨子はドックの正門をくぐった。
 錆びれた工場群、墓標としてそびえる巨大クレーンが風に吹かれて、ギギギギと大きな金属音を奏でている。
 百六十年の歴史がある、世界的にも価値の高い遺産だが、残念ながら保存の手は及ばず、全体的に劣化がひどい。
 スマホの呼び出し音が雨子に着信を知らせた。非通知だが、相手はもはや奴しかいない。
 
「よう、のこのこやって来たってことは、やっぱりガキとグルだったんだなあ。心配なんだろうが?」
 雨子は辺りを見回した。こちらが見える所から、奴は電話を掛けているのだ。クレーンの上か、物陰か。
「私が奪った金とインゴットを渡しにきたぜ。二十%ばかり利子を付けてある。人質を交換する条件だったらこれで悪くないはずだわ」
 電話の向こうで、男が笑い声を上げた。
 
「そんなのは関係ない。利子なんかいいんだぜえ。あのなあ、けじめをつけなくちゃならねえのは、だから一番だけどよ、おれとしては、お前と勝負してえんだよな」
 ぐふっ、ぐふっと電話口の男は嫌な笑い声を出す。
「リボルバー・クイーンと呼ばれるお前を殺せば、おれたちの株を上げるばかりか、おれが支持する二ノ宮家再興の目的に近づけるのさ。世紀末はマネーとパワーどちらが大事かって、だからパワーが大事なのさ。花見真司を追い落とすきっかけにもなる。お前にはその“きっかけ”の第一番手になってもらうぜ」
 こいつめ。
 
 ボスを追放しようなど、よくもまあ言えるものだ。美幸の大変さが改めてうかがえる。
「あの子に手をつけちゃいないね? もしかして、もう」
「くひひ。気になるか? 気になるだろうなあ。ガキのくせにいい身体してるからよ、遅かったら、我慢できずにつっこんじまってたぜ」
「てめ……!」
 
「安心しな。フィーンドは一旦寝たら朝まで起きねえ。俺に担がれて揺すられていても、ぐうすかおねんねしてたぜ。縛って置いてある。俺は貴様と勝負してえだけだよ。勝ってもフィーンドのガキに用はねえ。こいつのけじめはあんたから取るよ、それで終わりにしよう、だから解放してやる」
 下卑た性格かと思いきや、男はそこだけ実直な言い方をした。子供は殺さないぐらいのモラルはあるようだ。
 電話が切れた。始まった。
 ザックを置き、二十六年式と予備の銃、南部式を握った。
 
 どちらも古い時代に編み出された旧陸軍の品物だが、現用のプラスチック銃より信頼性が高い。
 工場の通路の奥、ドックとなっているすぼまりから、轟音がした。
 パ、パ、と、美しいまるで夜空の星のきらめきが二度咲いた。
 火線が真っ直ぐにこちらに延びる。
 
 左にジャンプして銃撃をかわした。
 かなりの距離からだった。夜だというのに、はっきりとこちらを捉えている。
 柱の陰から、身を乗り出して相手を視認しようとするが、どこにも見えない。錆び汚れたドックに、潮騒が一定のリズムを取って波打ち際に寄せている音だけが辺りを包んでいた。
 
 ボオン! ボンッ!
 
 再びの銃撃だ。隠れている柱の金属が二度の発射で破砕され、パラパラと頭上に金属粉が降り注ぐ。今度の攻撃もどこから撃たれたか見当がつかない。
 敵はあらかじめドックの下見をしておいているらしい。
 雨子は走り出した。場所替えもあるが、走りながら、意識を建物全体に集中して配る。耳が、キーンとする。

集中する。相手を探る。意識、意識して、探る。
 コンクリの上を移動しているなら、コンクリの成分に溶け込むつもりで、
 相手の銃声がした。
 雨子の足下に命中し、コンクリ片をぶ厚く削り取る。
 
 でかい銃だから、銃声が工場のトタン板に吸収され、どこから撃っているのか見当をつかなくさせる。普通なら困惑してしまう。
 相手は暗がりに隠れつつ、こちらに近づきながら撃っているのだ。
 その証拠に、雨子にはかすかに聞こえる。足を軽く踏み鳴らし、走っている足音が、徐々に徐々に接近している。
 
 それに、ほらほら、強い殺意、戦意、男はそれを剥き出しにしてしまう。
二十メートル先にいる。磁場がぐにゃり捻じれている。
 視(み)えた。
 二丁同時に発射する。

 手ごたえは無しだ。
 びびらせるには、十分。
 応射が返ってくる。
 コンクリをえぐる。土ぼこりがむせる。
 
 タアンッ
 タタン!
 ズンッ、ズンッ
 タン!
 
 ズンッ!
 タアン!
 ズンッ!
 ズンッ!
 
 パンッパンッ
 ボンッ!
 
 オーケストラの協奏曲より優美でいながら猛々しい、ひとりと一匹が主演の夜想曲だ。
 血肉が踊り、オレンジ色の火花が脳で幾多もフラッシュする。
 この世で最高にシンプルな関わり合い。殺し合い。
 昇華する魂。血と煙。鉄の意志をぶつけ、悲想の情熱がそれに応える。
 
「おうい!」
 雨子が弾込めをしていると、向こうから声がかけられた。
「提案があるんだがなあ!」
「何だ!」
 
「お互い弾の無駄になる。それに邪魔が入らないとも限らねえ。どうだ、いっそ正面から決闘スタイルで撃ち合おうじゃねえか」
 少しばかり考えを巡らせたが、ややあって雨子から、
「いいわね!」
 と言うのも、予備の弾があとそれぞれ一回分で終わりだったからだ。
 
 男の人柄も配慮した決断であった。
 ふたりが視認できる距離まで進み出た。
―二空輪は、狐面を被っていなかった。
 白ずくめの和服をあつらえた、その首から上の素顔は、何とも細く秀麗な貴公子然である。弱そうな印象はなく、二空輪の獰猛さは引き締まった目鼻つきに表れている。
 
 黒い総髪から伸びた茶褐色の狐耳と、臀部の辺りを舞う狐の尾が、二空輪が人間以外の存在であることをたらしめている。
「鳥羽伏見以来の好敵手だぜ、お前はよ」
「幕末の……? あんたそんなにお爺さんなんだ」
「長い狐生(じんせい)だ。孫たちに囲まれて安穏と生きるより、いっそ強すぎる刺激に身を置く方が、張りがあっていい……」
 
 二空輪が、トーラスを右にだらんと下げている。
 理想的な力の抜け具合である。
 鬼神の疾さの早撃ちが可能な力量とみた。
 胴体に二発も食らえば五体をバラせる銃に、ああも意識を通じさせることは、並み大抵ではない。
 
 見逃してはならないのは、相手の下唇であった。
 どういうアクションであれ、まず行動を起こすために、歯を噛み合わせようと唇の下が先に動くからだ。
 一刻に、重みを感じていた。雨子も、二空輪も。
(勝つ。殺る。勝つ。殺る。殺る、殺る)
 神経から絞るように、思惑は体内で念となる。外には出さない。悟られるからだ。
 
 考えは静かに。二丁握る手はあいつより疾く―
 唐突にそれは、
 二空輪が唇を動かしたのは、
 右と左の手が自分のものでないように、蛇頭のように動いた。
 
 タタンッ
 
 衝撃で前屈する二空輪が、トーラスを雨子に向けぶっ放した。
 スカール弾が雨子の耳元を通り過ぎる。衝撃波がまともすぎる。耳の肉がえぐれるような熱さに、雨子は膝をついた。
 二空輪の肩と下腹から、栓を閉めた蛇口からこぼれる残水のような出血があった。
 バケモノリボルバーが二空輪の指からコンクリートに落ちかける。
 
 二空輪はこらえた。
 二空輪は、最初に撃たれたが、直後に引き金を引いたのである。
 とてつもない精神力だ。
「うぅむ……むぬっ」
 
 弾がかすめただけで膝をついた雨子に対し、二発被弾した二空輪は半立ちであるが、倒れずに踏ん張っている。
 二空輪は笑っていた。
 美しくもおぞましい、狂気にはらんだ凶相である。
 狂気ではあるが、その陰には歓喜も見え隠れしていた。
 
「いい、痛みだぜえ、へへへ。ボスの元コンビだけはあるじゃ、ねえか。若けえくせにいい腕をして、やがる」
 二空輪はトーラスを構え直し、反撃の糸口を失った雨子を殺しにかかった。
「でかくなる芽は、摘むに限るぜ―」
 雨子を一気に虚無が襲う。
 
 負けだ。
 だがしかし、これも運命だ。麻衣、ごめん。ヘルメスよ―
 最初は死に際の恐怖だと眩惑した。
 だがそれは、二空輪にも影響を与えている。
 
 二空輪の血が止まり、獣毛がピンと張る。
 遥かに巨大な邪気を放出する何かが、ふたりの領域を呑み込もうとしているのだ。
 その正体は、ふたりの間へ影となって入り込んだ。
 場に似つかわない、おっとりとした雰囲気だった。
 
 おっとりとした感じは、二癖も三癖も多重に積み重なり、それに傷を刻みつけられた二空輪についには巨大な鬼の幻影を見せた。
「ボ、ボス!?」
 すやすやと眠るヘルメスを抱きかかえて現れたのは美幸である。
 ホテルで会合したスーツ姿と違い、袖付きの満智羅(まんちら)―鎧用の小具足を着用し、足回りは黒足袋に草鞋だ。雨子のザックも、ちゃっかり背負っている。
 
「ボス、どうしてここに……」
「いやぁ、本当にお前だったんだね、二空輪。報告を受けて慌てて飛ばしてきたけど、うーん、派手にやりあったねえ。是非見物したかったが、ここはこの花見真司の預かりにしてもらおうか」
―預かり。勝負をやめろということである。国後雨子に手を出すなとお触れを出したのは美幸の上意である。
 
「二空輪、このフィーンドの子は雨子とは何も関わっていない。単なる行きずりさ。情報部がきちんと調べをつけてある。たまたま雨子の車に乗っただけだよ。ここでしっかり金とインゴットは返してもらうけどね。それで、いいよね?」
 美幸は二空輪に言い聞かせつつ、雨子に片目でウインクをして同意を促した。
 雨子がこくりと頷く。
「美幸。そいつは、昨日から私の家の同居人だよ。SSCに迷惑をかけたが、ザックの中に気持ちばかり詫び料を納めてある。それだけで許しちゃくれとは言わないよ」
 
 雨子は、こめかみに二六年式を押し当てた。
「私が死ぬから、そいつは無事に逃がしてやってちょうだい―」
 引き金をしぼろうとする白い指に、美幸の両手が遮った。
「死ななくていい、雨。何も言うなよな。詫び料もこの子も返すよ。あんたが監督するなら問題ないさ、内部の始末は、私がしっかりつける―二空輪」
 
 一度はたじろいたものの、再び覇気を上昇させる二空輪に、美幸は毅然と向かい合った。
 二空輪の側にしゃがみ込み、満智羅の懐から、カップ酒と、盃(さかずき)を二杯取り出した。
「若い私のやり方が気に入らないのは薄々気づいてた。貴方が私を憎んでいるのはよく分かります。貴方の主人を殺し、貴方の傷は私がつけたものです。その傷の分、私はこれからも貴方がた孤族と私を信じてくれる人々のために働きましょう。人生経験の浅い私では限界がある。明治、大正、昭和の時代を生き抜いた貴方の力がこれからも必要なのです。わだかまりをなくしましょう。これは主従の盃ではありません。経験豊富な二空輪殿と未熟なボスとのいさかいを治める、仲直りの盃としましょう」
 凛とした態度であった。持ち上げるのではなく、自らをあくまで下とした美幸に、二空輪はこらえず涙を滲ませた。
 
「本当は、貴女が怖かった。我々をどこに連れて行こうとする、圧倒的な力が怖かったのです。二ノ宮家を再興しようと支持していたのは嘘ではありませんが、私自身、若い女性である貴女に屈するのも悔しかったのです。しかしわたくしめごときを汲んで頂き、目覚めた思いで感無量であります」
「では、略式になるが―」
「ははっ!」
 盃を手にした二空輪に、美幸は酒を満たし、己の盃にも酒を満たす。

 老練である二空輪も、若いボスに対する見事な男ぶりである。 
 雨子は自然とふたりの立会人を務めて出て、ヘルメスを抱きふたりの中央に座っている。
 美幸と二空輪は盃を仰いだ。これで仲直りの儀は終了し、二空輪は真の意味でSSCの構成員となったのである。
「ま、今後、不穏分子は活発化するだろうねえ。二ノ宮家を後ろ盾に、色々な野望を押し出そうとする者たちは中にいるだろうし。私が全部食い止めてやるさ」
 
 で、もひとつ提案がね、と美幸が今使った盃を雨子に差し向けた。
 美幸の意図はすぐに読める。
「私はあんたの部下になりたくない」
「枠組みで決められるのは嫌?」
 
「うん……もうこりごりなんだ、人に使われるのって」
 ドックの先に拡がる、入江を遠い目で雨子は見やる。
 海沿いからの灯りで浮かび上がる波間のしぶきは先ほどよりも色めきを増し、つんざく海の香りが戦いの終わりを告げる。
「それに、こいつをひとりにはしておけない」
 
 ヘルメスは現実で起きている事を何も知らずに、夢の中におり、すやすや眠っている。上半身は裸だったので、二空輪がスペアで着ていた半纏をかけてやった。二空輪の受けた弾丸は、筋肉の力により外へと押し出されている。
「フィーンドだからね。住む以上、注意しておかなきゃ―」
「いいや」
 雨子はかぶりを振る。

「この子は私だよ。私自身なんだ。不器用で、人に“こうしたい”を上手く伝えられない。くすぶっている国後雨子そのものさ。こうして出会ったのは、運命なのかもね。『ふたりで一緒に行け』ってね。そういう気がするんだよね」
 遠くどこかで、波がしぶく。
 白い兎が海面を泳ぎ、消えては新しいしぶきで海水をはじけさせている。
 世紀末の世は新しい力が生まれては消え、消えては生まれる戦国時代である。

 この日の夜明けと、次の世の朝は、未だ遠い空白の彼方にあった。
 

あとがき☆ - bebe

2013/06/21 (Fri) 09:23:09

いけやん様。レスありがとうございます! 世紀末、荒野、無法、暴力、略奪、あえて好きな持ち味で書いてみたかったのです。どちらかと言うと『マッド・マックス』のような世界に近くなるかもしれません。

みずき様。レスありがとうございます! 旧作のキャラはこれからもどんどん出してみたいかなと思っております。
華南たちは何をしちゃってるんでしょうねww この子たちの心変りはちょっとネタばらしをするなら『考え方が大人になった』とでも言うんでしょうか。詳細は本編で明らかにしていくつもりです。

新キャラが今のところ3名ほど↓
フィーンドのヘルメス。
SSC構成員で妖狐の二空輪。
マンションの管理人、大林老人。
二空輪などの熟年キャラってあれこれ想像すると面白いです(見た目は若くてカッコよくしていますが)学生時代書いていたエルまでは考えられなかったことですね。

妖怪の類が出ているのに、戦いのメインはどうしようかな~と思案の毎日。ちょっと魔法でも出してみるか…銃や格闘メインで行こうか…まだそこらへんがぐらついています。
とりあえず簡単なテレパシー・念話ぐらいは出してみようかなと。ごちゃまぜは混乱の原因になったりもしますしね。

次回は今月中に2回ほど投稿できたらいいなと思っております。では次回また☆

Re: 拳銃女王 act3 私はお前、お前は私① - いけやん

2013/06/25 (Tue) 02:09:15

凄い…サスペンスとバトルの描写が秀逸ですね。ハラハラドキドキしましたよ。雨子の部屋に二空輪が侵入してくるシーンなんてハラハラしました。
サスペンスの描き方ってこうやるんだなぁと勉強になりました。

結局、美幸が仲裁して決闘は中止に。
雨子はこれからヘルメスとコンビを組んで生きていくのでしょうか。次に2人を待つ試練とは…?

Re: 拳銃女王 act3 私はお前、お前は私① - 翔雲みずき

2013/06/25 (Tue) 18:32:02


どうも、翔雲みずきです

なにやらSSCの中も一枚岩ではないようで
ヘルメスを助けに行く為に一人で向かう雨子
しかも、二空輪を倒そうが倒せまいがヘルメスの為に命を捨てる覚悟までして

まあ、こんな人物は仲間に引き入れられれば引き入れておきたいですよね
ですが、かつての相棒の申し入れを断って、ヘルメスと生きていく事を誓う雨子
昔の彼女たちに一体何があったのか
他の既存キャラ達の変化共々気になる所ですね

そして、熟年キャラ、中年やおっさん系のキャラは書いていて面白くなる気持ちは良く解りますw
なんというか、少年少女よりも想像力が掻き立てられるんですよねw

それでは次回の展開も楽しみにしています
でわ~☆



追記:こちらに天と彩のデータは張り出しておきますね
    ちなみに、双竜で出した男キャラは天士郎という彩が慕うの義兄でございました


名前:輪帝 天
年齢:16
容姿:雲丹を思わせるボサボサツンツン頭に小学生と言われても違和感が無い程の童顔
    朱塗の鞘を常に持つ
性格:普段は割とローテンションだが、乗せられるとどこまでも乗るお調子者で強く出れないヘタレ
    童顔がコンプレックスで指摘されると爆発する。ただし、その怒り方は小学生で童顔を更に際立たせる
    好きと心に決めた人の為への思いが強く、その人以外にはまず靡く事はない純情さを持つが
    大抵その思いは報われる事は無く
    例え振り向いてもらえる事が無くともその人を影ながら守り支え続ける事が出来ればと強い意思を持つ

セリフ
「えー、面倒……あ、やります、い、今丁度やろうと思ってたんですよ!」
「誰が小学生だって? 小学生と言った奴が小学生なんだぞ! ばーか、ばーか!」
「君は俺が守るよ」「見返りなんていらない、俺が勝手に誓った事だから」
「誰だろうがこの人を傷つけられると思うな」「刺し違えてでも、この人を守らせてもらう!」



名前:彩
年齢:不明
容姿:シスター服+ニット帽という、組み合わせの服装
    髪型は真直ぐな性格を表すかのように、腰まである黒のストレート
    常にロザリオを持ち歩いている
    眼の色は普段は黒曜石色
    ニット帽の下には普通の耳と猫の耳が生えており、それが何なのかは解っていない
性格:冷静沈着、神への信仰心がとても厚い
    口調が"~であります"口調
    大人しく礼儀も正しく、よく教会で一人でお祈りをしており信頼も厚い
    だが、自分の事を知ったような口で言われると本気でヒステリック気味に怒る。(一度や二度くらいなら耐えられる)

セリフ
「神の御心のままに、であります」
「私が、ここにいる理由……でありますか……」
「神様……私は、純粋な体に戻りたいのであります……」
「……何も知らないのに……わかったような事を言わないで欲しいであります!!」

Re: 拳銃女王 act3 私はお前、お前は私① - ALBINO

2013/08/04 (Sun) 22:24:01

どうも、ALBINOです。
お久しぶりです。

ここのところ疲労と(特に)ストレスが溜まっていて書き込むどころかネット自体億劫になってます(^^;

どうにも頭が回らず感想も満足に書ける状態ではないですが、すべて(大変面白く)読ませていただいております。

靄が晴れたら毎話感想を書き込ませていただこうと思っております。
次回以降も楽しみにしております。
それでは(*゚∀゚)ノ~

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